人はそれぞれ役者であり、多くの人は人生の中で役柄を演じているものであると私は思います。
人はそれぞれ役者であり、多くの人は人生の中で役柄を演じているものであると私は思います。今は、「夕張市長」その前は「北海道ヨコハマタイヤ」の社長、その前はと振り返って行くと「子供の役」までに遡ります。
人は、その時、その時の与えられた「役柄」を懸命に演じていく事が大切であり、人生修行だと思っています。
日々の出来事を粉成して行く、時には自分の思いとは別な状況に直面することがあります。
「喜怒哀楽」、これは人間を研く「砥石(といし)」です。
「怒・哀」は、刃を鋭くする粗砥(あらと)です。
「喜・楽」は、心を癒す仕上砥です。
季節に「春夏秋冬」があるように、天候に「晴風雨雪」があるように、私たちの日々の生活にも「喜怒哀楽」があります。
それを如何にして「日々好日」として受け止めていくかによって、その人の生き方が大きく変わります。
そのためには、何よりも「役柄」を楽しむ心を持ちたいものです。
辛いことに悩む時も「私は役者だ。今、辛い役柄を演じているのだ。」と思う時、冷静な気持ちになり、客観的に自分を見る事ができます。
あの「吉永小百合さん」が私と配役論の話をした時の言葉が忘れられません。
「私は役柄を研究し、役柄に徹して演じますが、没頭はしていません。どこかに自分を残して、自分自身が演じている自分を見ております」と。
「与えられた役柄」は「自分個人」の背に役柄を重ねるのですから、本当に厳しいものだと思います。
「どこかで自分自身が自分を見ている」大切な言葉だと思います。
自分を客観的に見ることができ、冷静沈着になれるのです。
「行政のトップ」も「企業の経営者」も「個人」も心すべき大事なことだと思います。
あっそうだ!吉永小百合さんの言葉。
「夢見る力がある限り 夢は叶う」
私のお返しできる言葉「情熱・夢・ロマン」これがある限り事は成る。
私にとって「つぶやき」は自分との対話であります
[ 更新:2009-07-21 16:57:58 ]